マッドマックス/サンダードーム
(1985年/オーストラリア)

【監督】
ジョージ・ミラー
ジョージ・オギルヴィー
【キャスト】
メル・ギブソン
ティナ・ターナー
アンジェロ・ロシット
ポール・ラーソン
ヘレン・バディ
ロッド・ズァニック
フランク・スリング
キャサリン・カレン
ブルース・スペンス

感想(2015年4月13日、DVDにて鑑賞)

シリーズの3作目。
前作「マッドマックス2」の文明崩壊後の世界観を引き継ぎつつ、何故かディズニー・アドベンチャーのような雰囲気も持っている作品。
より大衆向けに、ハリウッド的にしたということなのだろうか?

序盤はまさしくマッドマックス的な終末感漂う荒野での物語。
盗賊に荷物を奪われた主人公マックスがたどり着いたのは、物々交換で成り立つ街・バータータウン。
街の女支配者アウンティに腕前を買われたマックスは、荷物を取り戻す代わりにアウンティに反抗するザ・マスターの右腕ザ・ブラスターと決闘することになる。

その決闘の舞台こそが、鉄の格子で作られた半球状のステージ「サンダードーム」で、この映画のタイトルにもなっているのだが、このサンダードームでの物語はあくまで前半の盛り上がりにすぎない。
後半は、街を追われたマックスが、砂漠のオアシスで孤立している少年たちの集団と出会うというもの。
(ちなみに原題は「Mad Max Beyond Thunderdome」、「サンダードームを越えて」という意味)

古ぼけたジェット機と「機長」の帰還の神話だけを信じ、オアシスの中で原始的な生活を送っている子供たちは、ある意味ネバーランドの子供たちのようでもあった。
ミュージカルを彷彿させる神話のショーもあったし。

しかし、このマックスと子供たちのエピソードは、オイルを求めて殺しあったり、荒野を改造車でチェイスするようなマッドマックスの世界観とはちょっとズレていたように思う。
まさかマックスの父性を描きたかったということでもないだろうし…(笑)
ティナ・ターナーの起用はヒット作の宿命として理解できるが、ディズニーっぽい展開を盛り込んだのもやっぱりそうなのだろうか?

そもそもマッドマックスのシリーズは作品ごとに微妙に印象が違うので、別にこの3作目にディズニーっぽい要素があっても問題ではない。
だが、そこに違和感を感じてしまったのは、やはりそれだけ「2」が偉大ということだろうか。
違和感と言っても「この演出はwww」と思いながらニヤニヤしつつ見れたので、別にこれはこれでいいんだと思う。
 
最新作「怒りのデスロード」には「2」の世界観のみを期待するけど。