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シオンシステム[完全版]
三島浩司

ハヤカワ文庫JA 早川書房(2012)

感想

新種の原虫「アイメリア・シオン」を体内に取り込むことで免疫力を大幅に向上させる「虫寄生医療」。
この医療の登場によって一部の者は病気知らずの「センテナリアン」として人生を謳歌できるようになったが、それは研究所と医師会の政争の始まりでもあった。
さらに、アイメリア・シオンから生み出した生命体「シオンシステム」の研究に没頭する新海英知は、過去にある過ちを犯していた。

一方、全国に自然発生した「イナホ」と呼ばれる無気力化した人々。
常和峰はイナホを保護するセトゥルメントで働きながら、師である中條の鳩舎でレース鳩の世話をしていた。
しかし、常和峰にはある秘密があった。彼には3年前より以前の記憶がなく、さらに記録よりも若返ってしまっていたのだ…。



んー、あらすじ書いたけど下手くそですいません(笑)
とても面白い本だったんだけど、簡潔に説明することができません…。

まず舞台は、「虫寄生医療」という新医療が実用化されて間もない頃。
未来的な描写はなく、あくまで現代社会を下敷きにしていますね。

前半では虫寄生医療を巡る医学界の揉めっぷりが丁寧に描かれ、社会派サスペンスといった雰囲気。
医師の団体からすれば、国民が虫寄生医療によって医者いらずになれば商売にならないわけで、その辺の政治的な駆け引きが面白かったですね。
医師会の会長とか、厚生省の事務次官とかが出てきて、難しいですがリアルでした。

一方、アイメリア・シオンを作った研究所側も、問題が山積みの状態。
例えばセンテナリアン化できるのは今のところ男性のみに限られていて、何故ならアイメリア・シオンは母体から胎児に感染することが分かっており、倫理的な観点からその垂直感染を防げなければ本格的な実用化はできないわけです。
その問題に立ち向かうのが若く優秀な女性研究員。

また、アイメリア・シオンとは別に、極秘でシオンシステムの研究が進められており、こちらは巨大な蓄音機のような蜂の巣のような構造体シオンシステムに「人間を寄生させる」ことで、どんな病気も治してしまうという夢のような話。
ですが、ただ病気を治すだけではなくやっかいな副作用・副産物があり、その問題に頭を悩ませているのが主人公の一人・新海英知(しんかい えいち)。

もう一人の主人公・常和峰(ときわ みね)に対してかつて罪を犯した新海は、今も峰のことが忘れられないハルカの夢を叶え、ハルカを自分のものとするために、生命の禁忌に触れるシオンシステムの研究を盲目的に進めていきます。

そんな研究所に入り込んでくるのが、最後の主人公で医者の名護屋。
研究所の常駐の医師である彼は、医師会がシオンの弱みを掴むために送り込んだスパイ。
最終盤では彼が主人公となって、シオンシステムの物語を締めくくります。



まあ、こんな風に、シオンシステムって何なんだ?っていう大きな謎があり、その周りに新海の過去の罪や、常和峰の記憶喪失・若返りの秘密などが付随してくる感じ。
舞台が現代ということもあって、SFというよりはミステリーのような読み応えでした。

常和峰のパートでは、鳩のレース(遠方から放鳩してそれぞれの鳩舎に戻るまでのタイムを競う)について詳しく書かれていたし、表紙絵にもあるとおり、鳩が物語のキーになっていますね。

さらに、イナホと呼ばれる謎の抑鬱症状の人々の謎や、マグリナントパスという正体不明の生物も登場して、それらが様々な立場の登場人物たちと絡み合い、一つの重厚な群像劇を成していきます。
そう、このマグリナントパスが登場して、「あっそういえばこれSFだったな…」って思い出しました(笑)

後半は、それらの様々な思惑や事象が、ラストに向けてだんだんと加速しながら収束されていくのが快感です。
厚めの本だし、文字もびっしり書いてあってなかなか読み進められないんですけど、面白い面白いと思いながら読み終わりました。

SF作品ですが、描かれるのは人間の感情、とりわけ「愛」が大きなテーマになっていますので、普段SF小説を読まない人にもこれはオススメ。
そしてSFファンでも、このだんだんとエスカレートしていく感覚が盛り上がるのではないかと思いました。