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新世紀エヴァンゲリオン劇場版 
THE END OF EVANGELION Air/まごころを、君に

【ジャンル】
劇場用アニメ/ロボットアニメ
【監督】
庵野秀明
【出演】
緒方恵美 (碇シンジ)
三石琴乃 (葛城ミサト)
林原めぐみ (綾波レイ)
宮村優子 (惣流・アスカ・ラングレー)
石田彰 (渚カヲル)
立木文彦 (碇ゲンドウ)

あらすじ

最後の使徒は倒された。ゲンドウと完全に決裂したゼーレは人間の手による人類の補完を目指し、戦略自衛隊による攻撃をNERV本部に仕掛けてくる。血の海に倒れていくNERV職員たち。死を前にして自我を取り戻すアスカ。ゼーレの送り込んだ9体の量産型エヴァンゲリオンと活動限界の迫る弐号機の死闘。そして、シンジの乗る初号機を依り代にサードインパクトが引き起こされる……。

感想 (2012年12月12日、DVDにて鑑賞)

エヴァレビューもこれで4回目。
今回は、1997年夏に劇場公開されたTVシリーズのもう一つの結末である「THE END OF EVANGELION Air/まごころを、君に」です。
この「the End Of Evangelion」の頭文字をとって「EOE」と略されたり、新劇場版が作られてからは「旧劇場版」略して「旧劇」と呼ばれていますね。

この旧劇は、TVシリーズの続編という形ではなく「もうひとつの結末」を描いており、TV版最終2話(第弐拾五話、第弐拾六話)を生まれ変わらせた第25話「Air」第26話「まごころを、君に」の二部構成になってます。
言うなればTV版の第弐拾四話の後に分岐があって、そのまま弐拾五話を見るとTV版の結末、25話に進むと旧劇の結末が楽しめるわけですね。
唐突に精神世界に入り込んでしまってわけがわからないまま物語が終わってしまうTV版最終2話よりも、現実を描いていろいろ補足してくれた旧劇の方が個人的には分かりやすかったです。

ただ、分かりやすかったと言っても、やっぱりエヴァはわけわからないんですけどね(笑)
2回見て、なんとなく半分以上は理解できた感じです。
でも以下の文章はあくまでも僕の個人的な解釈です。


今作の見所は、なんといっても過激で破廉恥で悪趣味な描写の数々?
TV版も過激な描写で苦情とかあったみたいですけど、今作は劇場用アニメということで過激なのが標準仕様みたいな状態。
シンジの自慰に始まり、アスカの発狂、綾波はずっとスッポンポンだし、エヴァもぐちゃぐちゃにやられたり、もうグログロです。

悪趣味な映像と別に、ストーリーも相当狂ってるというか(笑)イッちゃってますよねー、これ。

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第25話「Air」では、使徒をすべて退けたNERVにゼーレが襲い掛かってくるという展開。NERV本部が戦略自衛隊の攻撃を受け、NERV職員らが虐殺されまくっちゃいます。
意識の戻らないアスカは弐号機に収容され、カヲルを殺してしまったことで心を閉ざしたシンジには、ミサトの激が飛びます。

やはりアスカの復活と死闘が物凄く面白いんですけど、でもどこか病的な明るさを感じてしまいますね。
「ママが見てる」と言って奮闘するアスカだけど、何か忘れてるような、どこか抜け落ちてるような、そんな危うい明るさ。

でもって、量産型エヴァ(これも面白いデザインです)にボコられ「殺してやる」連呼するアスカ。
振り幅がすごいですね。思うに、アスカの理性はとっくに崩壊してて、幼稚でシンプルな生の感情むきだしなんですよね。
「G線上のアリア」が流れる中で、まるで戦いが原始的な本能に安らぎを与えるかのように……。
そら恐ろしさを感じるアスカのラストバトルは必見です。
(というか、バトルが描かれるのはこの弐号機のバトルが最後です。初号機はただ浮かんでただけw)


ED曲(挿入歌?)とエンドロール(タイトルロール?)を挟んでの第26話「まごころを、君に」では、一足遅く初号機で駆けつけたシンジが、ゼーレの描くシナリオによりサードインパクトの引き金になる展開。
ゲンドウはゼーレとは別のシナリオを描いていたようですが、綾波はリリスと融合してサードインパクトを実行(ゼーレのシナリオ?)します。

大気圏外に現れる巨大な綾波の姿をしたモノ。
綾波の幻影があらゆる人間の前に、その者が望む姿となって現れ、人類をリリスの体液であるLCLへと変えていきます。(要するにみんな死んでいきます)
この巨大綾波のシーンはインパクトありますよね。
そして、世界中から悲鳴と共に魂が集まってくる様子も鳥肌モノです。
こういう悪趣味な描写がいろんなところであるんです(笑)それがこの作品の魅力にもなってます。

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結局、人類補完計画はゼーレとゲンドウで微妙な違いがあったみたいで、それがこの物語をややこしくしてる原因のひとつですね。
ゼーレの計画は、人類をLCLに変え、ひとつの単体生物として種を残すこと。
ゲンドウの計画についてはよく分からないんですけど、人類どうのではなく一個人として、例えば失った妻を取り戻したいという利己的な動機から動いていたように見えました。(←まだよくわかってないw)
さらに、ゲンドウの妻でありシンジの母である碇ユイは、結果として人類の魂の受け皿となった初号機と共に、太陽系が滅んだ後も宇宙にヒトの証を残し続ける道を受け入れます。(←これがゼーレの思惑?)

で、一方、サードインパクトを引き起こしLCLとなって綾波やアスカ、ミサトらと融合を果たしたシンジ。
お互いの心の中を覗き覗かれ、TV版最終2話の自己啓発セミナーのリメイクみたいな形になっていきます。
自分が嫌いで、他人も嫌いで、でも人にかまってほしいシンジ。人に無言でいられるのが耐えられないシンジ。
ダダをこねる自分を、どうしようもない自分を、許してほしいと思っていながらそれを拒むシンジ。
……いや、これもよくわからないんですけどね(笑)

人類規模の種の存続の物語と、思春期の少年の内面的な話が混在してるんですよね、エヴァって。そういう所も振り幅がすごい。
で、主人公の内的世界の果てに、映画を見る観客という実写シーンをもってきて、「お前ら、なんでアニメみたいな夢の世界に浸ってるんだ?現実に生きられないのか?」と問いかける。
主人公の問題がいつの間にか観客自身の問題にすりかわってるんです。なるほどこれもある意味「自己啓発セミナー」(笑)
つくづく異様なアニメですよね。


ただ、これなんとなく思ったんですけど、庵野秀明監督の女性に対する渇望と恐怖が反映されているんじゃないかと。
女性に否定されることへの怯え。素敵な微笑みを見せてはいても、心の中では蔑まれているのではないか、という疑い。
女の子とひとつになりたい、気持ちよくなりたい……、でも受け入れてもらえないんじゃないかと、求めると同時に生まれるためらい。
いや、もしかしてこれ庵野監督じゃなくて、僕の心理が反映されてるのか?うわぁ、なにこれ「気持ち悪い」(笑)

あっ、それでアスカのラストのセリフ「気持ち悪い」が、そういう男の脆く崩れやすい心から生まれたんじゃないかと。
「気持ち悪い」って言われたくないですからね。きっと庵野監督も、エヴァにハマったオタクたちも。
多分一番男が女の子に言われたくないセリフを最後に持ってくる。アスカって悪魔的な子ですよね(笑)

それはともかく、個人的に今作のラストはとても好きです。
完結といってもまだ謎を残しておく、エンドロールは25話と26話の間にあるのでただ暗転して「終劇」の文字。
あの潔さってなかなかないと思います。

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で、そんなこんなで名実ともに完結(?)した「新世紀エヴァンゲリオン」。
この旧劇はとても悪趣味な内容が続きますが、ある意味それがケレン味となって、エヴァの人気を不動のものにできた要因じゃないかと。
愛と正義のロボットアニメではなく、愛も正義もありながらそれだけでは乗り越えられない現実と等身大の感情を描いたことで、けして美談にはならなかったけど、見る者の心に大きな痕跡を残す作品になりました。
とても難解なストーリーだったけど、何度も見る度に好きになっていきそうな気がします。

さて、エヴァレビューはお待ちかねの新劇場版シリーズへと突入していきます。
その前に、次回はあのシリーズだあああ!