虐殺器官
伊藤計劃
ハヤカワ文庫JA 早川書房

*あらすじ

近未来。先進諸国がテロへの恐怖から徹底的な管理社会を形成する一方で、後進国で急激に増加する内戦と民族衝突。その裏ではニュースにも上らないほど多くの虐殺が行われている。アメリカ情報軍大尉のクラヴィス・シェパードは、それらの殺戮の影に常に存在する謎の米国人ジョン・ポールを追うが……。

*感想

伊藤計劃(いとう けいかく)のデビュー長編「虐殺器官」を読みました。
「ゼロ年代SFベスト」国内篇の1位に輝いた一冊です。



舞台は今よりもテクノロジーが進んだ近未来。
先進国ではテロに対抗するために様々な認証システムで生活が管理・監視されています。
ナノ・テクノロジーを使って眼球の表面に仮想現実<オルタナ>を浮かび上がらせたり、医療技術によって脳の感情機能をカットしたり、航空機などには筋肉が使用され微妙な動作を可能にしたりしている時代。

一方、後進国では、貧しく争いが絶えなかった頃から脱却するべく人々が国を再建しようと模索し、徐々に富と平和が国を潤し始めた頃……。
しかし、やっと平和になったと思った後進国があっという間に内乱状態へと転落し、大量虐殺が至る所で行われる、そんな時代です。

主人公クラヴィスは、アメリカ情報軍に所属する暗殺部隊のリーダー。
ある紛争地域で大量虐殺をしでかした将軍を消すために、そしてその将軍の傍らにいるはずの謎の男ジョン・ポールを拘束するため、敵地へと侵入します。

ジョン・ポールとは何者なのか?
彼が大量虐殺にどう関わっているのか?
徐々に謎が明らかになっていきます。



「ゼロ年代最高のフィクション」という売り文句に間違いはなく、難しめな内容でしたがとても面白かったです。
一読して思ったのは、この伊藤計劃という作家はなんて頭が良いんだろう……。
世界情勢に詳しいし、軍事にも精通しているのはもちろん、会話の中にカフカやプライベート・ライアンとかいろんなものが出てきます。
もちろんもともとリアルな描写ではあるんですが、実在の作家や映画の名が出るとより現実味が出ますよね。

加えて、後進国では未だに貧困が蔓延っているという背景。
もう、近未来というより現実と地続きの世界なんですよ、読んでて。

でも、この伊藤計劃、2009年に34歳という若さで亡くなってます。
なので、長編が3つと短編が数編あるだけみたいですね。非常に残念です。



この作品のあらすじとかで、「『虐殺の器官』とは……?」みたいな紹介のされ方してますが、「虐殺器官」というタイトルは忘れた方が面白いと思います。
言語学者であるジョン・ポールが「虐殺の文法」を用いて後進国を混乱へ導いていくわけなんですが、結局その悪魔のささやきがどういったものかは明かされません。
特定の言葉ではなく、文章に隠されたある条件を満たす文法……みたいな書かれ方でした。

人間の遺伝子には言葉を操る能力も本能的に備わっているんだよー、という話も……。
ちょっと調べただけですが、「生成文法」と「サピア=ウォーフの仮説」について知ってる人はより深く理解できるのかも。僕にはムリでした(笑)

でも、「虐殺の器官」そのものが謎のままでも、最後に明かされたジョン・ポールの動機についてはなるほどと思いました。
後進国を混沌へ沈めることで、平和な先進諸国へその矛先が向かうことを避けようとする。先進国の豊かな暮らしを守るために、第三世界は第三世界同士で潰し合えばいい……。
そんな背筋が凍るような非道さをジョン・ポールは持っていました。

この犯人の動機について、ちょっと腑に落ちないという意見もあるみたいですが、個人的にはアリじゃないかと。
これってつまり、すでに現実にこういう向きはありますよね、我々も。
アフリカや中東の混乱を毎日のようにテレビで見るけれど、貧困に喘ぐ彼らが経済格差から始める戦いを、どこの国も本気で止めようとしない。
自分たちの享受する豊かさを捨て、富を世界中に再分配すれば争いはなくなるのに、誰もその事を言い出さない。
結局、自分たちの今の暮らしが大事なんです。

ジョン・ポールは自分の暮らし、あるいは先進国と後進国のパワーバランスを守るために、後進国に虐殺の種を蒔いて歩いた。
それはもちろん大罪と言えるでしょう。

しかし、現実の世界だって、豊かな人々の無関心が関節的に紛争に関わっている。
言い換えれば僕らが貧困を作り出し戦争を起こしている。
その姿を極端化したのがジョン・ポールだったのではないかと……。



難しい話を抜きにしても、作品のテーマ上、死を扱った描写が多く、特に敵地でドンパチやる部分が面白かったです。
脳の感覚を部分的にマスキングする技術を使った特殊部隊員が、痛みを知るだけで感じないまま体ズタボロになりながら撃ち合うシーンは物凄い戦慄。
未来の最新技術がゾンビVSゾンビの構図を作り出していたことに、なんか言いようのない興奮を覚えました。

ミリタリー好きな人は絶対燃えると思います。
オススメの一冊です!