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火星年代記

原題:THE MARTIAN CHRONICLES (1950)
著者:レイ・ブラッドベリ
訳者:小笠原豊樹
ハヤカワ文庫SF

あらすじ

火星への最初の探検隊は、火星人の(彼らなりの)もてなしによって一人も帰還しなかった。続けてきた第二次探検隊も似たような運命をたどる。それでも地球は探検隊を火星へ送り込み続けた。第四次探検隊が火星の大地に降り立った時、火星人は地球人の持ち込んだ疫病によって絶滅していた。やがて、火星には地球から次々と移住者が訪れ、いたるところに町が造られていった。

感想

ブラッドベリが亡くなったというニュースを聞いたので、買ってきて読んでみました。
いや、買ったのは訃報の前だったかな……。

人類の火星探検に始まる様々な短編を年代順にまとめた小説。
年代は1999年1月から2026年12月まで。短編と短編の間にちょっとしたプロローグっぽいものが挟まれていて、前後の短編を繋ぐ役割。

登場人物は基本一度きりの登場で独立した短編が並んでいますが、その短編たちが全体として火星年代記の大きな流れを形成している……という、短編集なのか長編小説なのかよくわからない本です(笑)

ちなみに改訂版もあり、そちらでは年代が30年ほど繰り下げられて2030年から始まるそうです。
まあ、現実の時間が物語の設定を追い越したために変更したんでしょうけど、そもそも火星人が出てくる点でフィクション間違いなしですからね……(笑)


大きな流れはこんな感じ。
地球からの探検隊の苦難、火星人の突然の絶滅、地球人の火星開拓と生き残りの火星人との奇妙な交流、地球で世界戦争勃発と火星文明の衰退、新たな火星人……。

まずは、火星探検隊の苦難。
ここでは、奇天烈な火星人たちの思想が余すところなく描かれます。ツツツ夫人とかルルルなんたらとか名前だけあげてもかなりヘンテコリンな感じがわかると思います。(レレレのおじさんって火星人か?w)

彼らは思想もかなり独特。まず、地球人と面と向かっても、未知との遭遇とか知的生命体とのファーストコンタクトとか、そういうSF的なムードにならない……。いきなり襲ってくるとか、ホラー映画的なムードでもないんですよね。
どんな感じかと言うと、地球人を火星人として扱います(笑)もう、とにかく探検隊を無視します。
テレパシーは通じるんだけど、あまりに話が噛み合わないので、第二だか第三だかの探検隊隊長は「どうしてみんな、喜びも驚きもしないんだ!」と泣き出す始末。
いや、正直、読者もあまりにすっとぼけた火星人の行動にイライラしましたよ。


しかし、火星人の多くが絶滅し人類の入植が本格化すると、すっとぼけた火星人は一気に神秘的な種族に。
見る者によって姿を変える火星人の話がちょっとゾクゾクして好きです。
ある時は死んでしまった息子に、ある時は別の夫婦の行方不明の娘に。見る者が会いたい人物に姿を変える火星人の能力は、果たして救いなのでしょうか?
火星人自身もそれを意図してやってないところに、なにか怖ろしくも美しい、儚げな魅力があります。

この物語に出てくる火星人は、とてもスピリチュアルな存在。


地球人の入植の時代で好きな話は、「空のあなたの道へ」という題のついた短編。
これ、実は地球を舞台にした話。なんだよ火星年代記じゃねーじゃん、当然そう言いたくなるけど、まあ火星に関係する話です。

差別が色こく残るアメリカで、白人の家で使用人や奴隷として働いていた黒人たちが、新天地を求めてロケットに乗り込む。その様子をもぬけの殻となった町に取り残された白人たちが、茫然としながら見ているという話。
なんとなく希望とかパワーが溢れているエピソードで、使用人が突然いなくなってオロオロする白人たちが面白い。
希望に溢れた世界に移住できるとなったら、世界中の貧しい人々はこの世界を出て行きますよね。
でも、この話なぜか改訂版では削除されたみたいです。差別的な表現とかかな?


次々と地球から移住者がやってきて、どんどん変わっていく火星。
しかし、ある時地球で全面戦争が起こり、移住者たちは故郷に帰って行きます。
あっという間に終わってしまった火星での地球文明。

ですが、火星の歴史はこれで終わりではありません。
ラストでは、火星の死の大地にある者たちが降り立ちます。
その者たちによって、火星には新しい文明が起こり、新たな年代記が紡がれていく……。そんな希望に満ちた清々しい結末でした。