すべてがFになる
森博嗣
講談社文庫(1998)

*感想

愛知県のとある島にある真賀田研究所は、世界的な天才プログラマ真賀田四季がいることで有名だった。
14歳の時に両親を殺害した真賀田博士は、研究所の一画に作られた居住スペースに閉じ込められ、他者と隔離されて研究を進めている。
自由に出ることも入ることもできない空間にいる彼女との面会は、モニター越しにしかできないのだった。

国立大学工学部建築学科の助教授・犀川創平は、恩師の忘れ形見であるお嬢様・西之園萌絵のコネを使って、研究室の学生たちと島へキャンプに来ていた。
ある夜、真賀田研究所を訪ねた犀川と萌絵は、そこで凄惨な事件に巻き込まれる。さらに続いて起こる殺人事件。
犀川と萌絵は、この事件の謎にとらわれていく。



森博嗣のデビュー作で、その後展開されたS&Mシリーズ(主人公、犀川創平と西之園萌絵のイニシャル)の1作目。
このシリーズは昨年の秋にテレビドラマ化されたが、今年もこの秋からテレビアニメが放送されるということで読んでみた。

事件の発端はサイコスリラーな感じだろうか。
けっこう猟奇的な事件が起こってしまって驚いた。

最大の謎は、密室殺人をどうやって成し遂げたのか、ということ。
24時間監視の目が光り、事件現場の部屋前の様子をカメラが記録している状態では、犯人が中に入ることも、外に出ることも不可能。
まして死体は両腕が切断されている状態で、自殺というのも不可能だ。
しかし部屋はたしかに密室で、誰かが出入りした形跡はない。
この矛盾した条件にどう整合性を持たせるかがとても気になる所だった。

謎解き自体にはさっぱりついてはいけなかったものの、四季・犀川・萌絵の3人のタイプの違う天才の活躍が楽しめた。
犀川に恋心を抱く萌絵も可愛いし、言動の端々からクールで理知的な本性が垣間見える四季博士も存在感あった。
犀川の冷静沈着な態度も嫌いじゃない。ありえない密室殺人を冷淡とも思える論理で解決するさまはとてもかっこよかった。

最後まで読むと当然事件の真相が分かるのだが、それと同時に途中でとんでもない見落としを読者がしていたことに気づかされて鳥肌もの。
小説という媒体だからできた叙述トリック的な面白さもあるミステリーだった。





*以下、ネタバレのため未読の方は閲覧注意!





実はちょっとだけ腑に落ちない点があって、それは停電時の犯人の行動。
犯人は約1分間の停電の最中に犯行現場から立ち去っているのだが、当時そこには他の人間が数人おり、真っ暗闇の中をどうやって誰にもまったく気づかれずに移動したのか、なぜ犯人はそれが可能だと考えたのか、些細な事なんだけど気になった。

ナイトスコープなどあれば解決する問題なんだけど、証拠品としてそういった物が出てくればまだしも、疑問すらも提示されなかったので。
私が読み落としてるだけかもしれないけど。
それともその説明は蛇足として省かれたのだろうか。

それから犯人の動機も完全に理解はできない類のもので、犯人の素性を考えればそうなるかもしれないな…みたいな感じで収まりが悪い。
犯人と被害者はどんな意思疎通をしていたのだろうか…。
そこに愛は…あったようだが、常識的な愛の形ではなかったようだ…。



ただ、誰も入ることも出ることもできない密室でどうやって殺人を犯すかという謎については、その矛盾を解決する納得せざるをえない解答が示され、素直に唸るしかなかった。
いやいや、あんなこと誰が思いつきますかって…。

そして、とんでもない見落とし・叙述トリックというのは、最後でようやく姿を現した犯人が、なんと中盤で既に姿を晒していた…ということだ。
具体的には、儀同世津子が島に着いた時にすれ違った「2人の女性」。
読者も萌絵も、これは国枝助手と留学生の女の子だと思い込むのだが、最後まで読むと「国枝助手はパッと見で女性に見えない風貌」と序盤で書かれていた事を思い出してうわあああ!!!となる(笑)

つまり儀同がすれ違った2人の女性は留学生と犯人だったのだ。うわあああ!!!
これが叙述トリックである。映像作品ならば、視聴者には犯人と国枝助手の区別はつくが、文字媒体で、しかも儀同の視点からの描写だと区別がつかなくなってしまう。
そして、国枝助手は女性だという設定が先入観となって「女性2人」は国枝と留学生と思い込んでしまうのである。

こういう、読者向けの仕掛けがある作品はそれだけで面白いと思う。読んでる側が騙されるというか…。
ただ、この描写は映像媒体だとまったく使えないので(むしろ中盤で犯人バラしという愚)、アニメでは変えてくる部分だろうけど…。
ちなみにアニメではこの「すべてがFになる」と、真賀田四季を描いた「四季シリーズ」が原作になるようだが、残念ながら四季シリーズの方は読む時間がなかった…。