スラムオンラインEX

桜坂洋
ハヤカワ文庫JA 早川書房

【収録作品】
スラムオンライン
エキストラ・ラウンド

*感想

トム・クルーズが主演し話題となった映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」の原作者・桜坂洋(さくらざか ひろし)の著作。
2005年頃に刊行された「スラムオンライン」本編に外伝短編「エキストラ・ラウンド」を加えて新たに昨年2014年に刊行されたもの。
オンラインゲームに興じる主人公のある梅雨の時期の物語が描かれる。



オンラインゲームを題材にした物語といっても、よくある「ゲーム世界に入り込んでしまう」系ではなくて、あくまで現実生活のひとつとしてゲームが出てくる。
よってSFとかファンタジーではない。

ゲーム自体も「バーサス・タウン」という名のオンライン<対戦格闘>ゲームで、プレイヤー同士がいつでもどこでも対戦でき、また対戦するくらいしかすることがないゲームである。
一応、闘技場の他に街並みが設定されていて探索する余地もあるにはあるが、私たちが慣れ親しんでいるクエストをクリアして素材を集めて…というRPG系のオンライン育成ゲームとは違うようだ。
(バーサス・タウンのようなゲームって実際にあるのだろうか?課金システムとか謎)

主人公は都内の大学に通う大学生・坂上悦郎。
昼は単位を取るためだけに出席し、夜はバーサス・タウンでカラテ使いテツオとして腕を磨いている。
密かに最強を目指している彼は、<町内一武闘会>の開催が迫る中で街に現れた謎のプレイヤー辻斬りジャックの正体を探ることになる。

物語は、悦郎の割と無気力な毎日とテツオとしての活動を交互に語る。
大学で偶然から知り合った恋人との「幸せの青い猫」探しや、謎の水商売の女との交流、それらが時には架空の世界での行動理由を与えてくれたりして、悦郎は少しずつ自らを見つめ直していくことになる。



悦郎はゲームについて「時間のムダ」と言い切っている。
しかしそれでも、恋人とのデートの約束をふいにしても悦郎はバーサス・タウンでの闘いを優先する。
恋人のいない私からすれば信じられない行動だが、そうするだけの価値を悦郎はバーサス・タウンに、いやジャックや四天王との闘いに感じている。

結局、武闘会で最強の称号を手にしても、現実には何が手に入るわけでもない。
大学の単位が手に入るわけでもなければ、格ゲーに強いことが就職に有利になるわけでもない。恋人ができたことはゲームとはまったく関係なく、むしろゲームは恋愛関係の障害とさえなっている。

だが、何かを成し遂げたという記憶だけは残る。
悦郎自身にも、その場にいた他のプレイヤーにも、その記憶が残る。
何の証明もないその記憶を得るために熱くなれる、そういう人間を、ゲームと共に育った世代を描いたなかなか面白い作品だった。

ちなみに戦闘シーンでは一挙手一投足が細かく描写され、キャラクターの動きが目に浮かぶようだった。



「エキストラ・ラウンド」は、「スラムオンライン」の後日談として描かれた短編で、本編では脇役だった忍者のハシモトの視点から語られる。
本編では匂わせる程度だったハシモトの正体が明かされ、またハシモトからしたらとても幸福な結末が待っている。

実はこの短編は「ゼロ年代SF傑作選」というアンソロジーの方で本編より先に読んでいたのだが、今回、本編と併せて改めて読んでみたらなんか良い、とても良い。
一応スピンオフなのだが、完全に本編のエピローグとして読んでしまった。

この読後感がかなり爽やかだったので、もうこの本はある意味で現代の青春物語なんだなと思った。
リアルの人間関係も希薄で、恋愛にも消極的だったりする若者世代だけど、でもネットでは多弁で、ちょっとしたことにちゃんと喜んだり悲しんだりできていたりして…。
リアルで青春する時代は終わって、ネットなしには青春できない時代なのかもしれない。