左が帯付き、右が帯なしです。

楽園追放 rewired サイバーパンクSF傑作編

虚淵玄、大森望・編
ハヤカワ文庫JA 早川書房(2014)

収録作品

クローム襲撃 / ウィリアム・ギブスン
間諜 / ブルース・スターリング
TR4989DA / 神林長平
女性型精神構造保持者(メンタル・フィメール) / 大原まり子
パンツァーボーイ / ウォルター・ジョン・ウィリアムズ
ロブスター / チャールズ・ストロス
パンツァークラウン レイヴズ / 吉上亮
常夏の夜 / 藤井太洋

感想

先日紹介した劇場アニメ「楽園追放 -Expelled from Paradise-」の名前を冠したSF傑作選。
サイバーパンクの初期名作から現代の傑作まで8つの短編・中編が厳選して収録されており、それは「楽園追放」脚本の虚淵玄が作品世界を構築する上で影響を受けたSFでもあるそうです。
映画「楽園追放」の前に少しサイバーパンクを勉強しておこうと思って読んでみました。(結局、公開までに読み終わりませんでしたがw)

サイバーパンクの火付け役であったウィリアム・ギブスンやブルース・スターリング、有名な日本人SF作家・神林長平などの作品が集められています。
日本人の編集による傑作編なので、日本びいきなのは当然ですが、海外SFと肩を並べてもまったく遜色ないのは嬉しいことですね。



「クローム襲撃」は、ウィリアム・ギブスンの有名な処女長編「ニューロマンサー」の原型となった短編。
グリッドが張り巡らされた電脳空間で主人公と相棒が、暗黒街のボス・クロームの金を強奪するという話。

2014年の今この話を読むととてもベーシックな話に思えます。
コンピューターに接続して仮想空間にダイブするというアイディアで描かれた、シンプルな話です。
むしろ、現実世界での男女関係の方がページを割かれて書かれているんじゃないでしょうか。そういう意味ではハードボイルドな雰囲気の漂う作品でした。

神林長平の「TR4989DA」は、モノが人間のように考えたら、というのが面白いですよね。
「ロブスター」も、エビがネットにアップロードされて自我を持ってしまうという話で、この二つの話は「楽園追放」のフロンティアセッターを彷彿させますね。



一番良かったのは、「パンツァークラウン レイヴズ」。
気鋭の作家・吉上亮のデビュー作「パンツァークラウン フェイセズ」のスピンオフという位置づけなんですが、オリジナルを未読でも全然楽しめました。

行動履歴解析と拡張現実によって完璧な安全と幸福な選択を保証された未来都市。
管理システム<co-HAL>によって、取るべきでない行動は実行する前に警告され、見るべきでないものは視界から隠される。人との出会いはすべて<co-HAL>によってもたらされたものであり、会うべきでない人物とは会わないように毎日が計画されている。
そんな未来社会で、「レイヴズ」という謎の役割を与えられた少女が、自分を捨てた母と、父の死の真相に迫っていく物語です。

まずこの世界観が圧倒的に面白かったですね。
行動履歴解析によって最良の選択を促してくれる管理システム。それは同時に個人の行動が承認されているということでもあるわけですよね。
それによって行動に自信が持てるし、結果を予想して不安になることもないのかもしれません。

とにかく、自分や相手の行動がコンピューターによって有効だと判断されている。
このことによって自分が何を望んでいたのか、相手の欲望はなんなのか、そのことに気づいていく主人公が興味深く読めました。

現実の物体に<レイヤー>を被せ、コンタクトレンズに拡張現実を映し出す、しかも物体についての情報ウィンドウのみならず、時には人の記憶を呼び覚まし見せてしまうというのも、とても面白い世界ですよね。
この世界観ってアニメ「PSYCHO-PASS」のホログラムで覆われた世界観と通ずるものがありますよね。
……ってなことを考えてたら、吉上亮はPSYCHO-PASSのスピンオフ小説も書いてました(笑)



個人的に「パンツァークラウン レイヴズ」と対極にあると感じたのが、藤井太洋の「常夏の夜」。
こちらは、量子力学を用いて未来予測……どころか、自分が望む未来を引っ張りだしてこれちゃうようになる話で、とても夢のある物語です。
SFってハードでダークな展開のものから、多幸感に包まれるような結末のものまで、いろいろあるんですよね。