ハーモニー
伊藤計劃
ハヤカワ文庫JA 早川書房

*あらすじ

<大災禍>と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類が大規模な福祉厚生社会を築き上げた21世紀後期。人々は従来の政府に代わる統治機構<生府>の下、健康と人間関係の親密さを至上の価値とする社会に生活していた。しかし、押し付けのユートピアを息苦しさを感じた3人の少女は餓死することを選ぶ。それから13年、死ねなかった少女トァンは、世界を襲う大混乱の陰にかつて心酔した少女の影を見る……。

*感想

伊藤計劃のオリジナルSF長編2作目、「ハーモニー」です。
この作品も前作と同じく高い評価で、第40回星雲賞、第30回日本SF大賞を受賞しています。

前作というのは、伊藤計劃のデビュー長編となった「虐殺器官」のこと。
今作「ハーモニー」は前作「虐殺器官」と間接的に繋がっており、前作のラストで訪れた大災禍の時代を経験した人類が築き上げた、高度に管理された医療社会が舞台。

成人すると体内に注入されるナノマシン<WatchMe>によって人間は恒常的に肉体を監視され、各家庭に置かれる医療サーバ<メディケア>によって薬を処方される。人々は病気にかかること自体がなく、政府にとってかわった共同体・生府<ヴァイガメント>の庇護の下、何の痛みも苦しみも感じることなく生きている。
そんな社会に息苦しさを感じた3人の少女の自殺未遂からこの物語は始まります。

医療社会への反抗心から自殺を提案する少女・御冷ミァハ(みひえ -)と、それに感化される形となった霧慧トァン(きりえ -)と零下堂キアン(れいかどう -)。
この社会ではすべての人間が社会を構成するリソースとして認識され、自分や他人の肉体は公共のものであるという意識が根付いています。ミァハはあえてそんな時代の中で自殺をすることで、窮屈に調和された社会を破壊しようとします。

頭脳明晰なミァハがメディケアを騙して手に入れた薬を使って3人は自殺を試みますが、結局、トァンとキアンは生き残り、2人のカリスマだったミァハだけがこの世を去ります。
それから十数年、WHOの螺旋監察官となったトァンの目の前で、健全で幸福だったはずの世界を根底から覆すような事件が起こります。



のっけから自殺願望を持った思春期の少女たちの物語で、一気に引きこまれますね。
そして大人になって再会したトァンとキアンが遭遇した凄絶な出来事。
他者を思いやり、自己の生活をアドバイザーに託し、刺激的なデザインや配色は極力排除された優しすぎる世界。
しかし、そんなユートピアとも言える世界がある事件をきっかけに混乱していき、それを螺旋監察官であるトァンが追うという物語です。

物語は途中から、人間の意識についての話になっていきます。
人間が倫理観と呼ぶものは、進化・発展の過程で「そうすれば都合がよかったから」生得されたものにすぎない、完全なシステムによって安全や生命が保障される時代においては、意識を捨て去りすべて自明のままに行動することができるんじゃないか、という提案(?)がされていて、ものすごく面白い話だと思いました。

読み始めは、中二病的な少女たちの語らいで始まるので、「伊藤計劃の2作目は少女ものか……」なんて思っていたら、途中から完全にリアル・フィクションになっていました(笑)
自殺の瞬間を自殺者視点で描写するパートもあったりして、ある意味では「虐殺器官」よりもエグいですね。
前作「虐殺器官」は状況によってもたらされる心理を描いていた感じで、今作「ハーモニー」は行動の前に心理が動いている感じ、読みながら自分がより深く思考している感じがしますね……。



物語の結末、というか最終章についてもとても面白い内容でした。
作中で「<Items>~~~~~~~</Items>」みたいな表記が度々出てきます。
<Items>の場合は「~~~」部分に物の羅列が入ったり、<Surprise>の場合はトァンが驚いたシーンが描写されたりして、いろんなアイテム、エモーションが<>で括られ表現されているわけです。
読む上で特に邪魔になるわけでもないこれの意味するものがなんなのか、それが最終章で明らかになるわけですが、見事というか、ちょっと軽く震えるような終わり方でしたよ。

「虐殺器官」でも変容する世界を示唆して終わったわけですけど、この「ハーモニー」では前作で変容した社会を経験してもなお変容する社会を描いているんですよね。
伊藤計劃は2冊の本で、世界を4回変えてしまった?

これも前作同様お気に入りの小説になりました。