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アジャストメント ディック短篇傑作選

ADJUSTMENT TEAM AND OTHER STORIES(2011)
フィリップ・K・ディック
大森望・編
浅倉久志、大森望、訳
ハヤカワ文庫SF 早川書房

収録作品

アジャストメント
ルーグ
ウーブ身重く横たわる
にせもの
くずれてしまえ
消耗員
おお!ブローベルとなりて
ぶざまなオルフェウス
父祖の信仰
電気蟻
凍った旅
さよなら、ヴィンセント
人間とアンドロイドと機械(エッセイ)

感想

ディックの短編を原作とした映画「アジャストメント」の公開に合わせて編まれた、日本独自の短編集です。
表題作の「アジャストメント」の他、デビュー作「ウーブ身重く横たわる」やディックの死後に見つかった手紙に書かれていた幻の掌編「さよなら、ヴィンセント」、さらに講演のためのスピーチ原稿などが収録されています。

実は過去に出版された短編集と被る作品も多いらしいです。
ただ、僕の本棚にある「マイノリティ・リポート」「ペイチェック」の短編集とは被っている作品はありませんでした。


やっぱり表題作の「アジャストメント」(もともとの題は「調整員」)が気になるところと思いますが、これはあんまり存在感を示せてないですね。
ある日、世界のすべてを陰で操作・調整している組織の存在を知ってしまった男が、現実と虚構のギャップに悩み苦しむわけですが、映画のように逃亡劇もなければどこでもドアもなし、ラブストーリーといえるようなものでもなく……。
原作小説と映画を比べても仕方のないことなんですが、これは映画の方が素直に面白いかと。(ただし、映画そのものが「面白い映画」かどうかはまた別の話w)


それよりも印象に残った作品が、「にせもの」「電気蟻」「凍った旅」など。

「にせもの」はこれも「クローン」というタイトルで映画化されていて、この映画はなかなか面白くてオススメの映画なんですが、その原作もやはりなかなかオススメな内容です。
異星人の攻撃を度々受けている世界。ある朝、自分が異星人の送り込んだクローンで、体に爆弾を仕込まれているのではないかという嫌疑をかけられる主人公。
自分の無実を晴らすために逃亡しますが……。

短編小説と2時間映画の違いはあるので、映画中盤の逃亡&捜査が原作にはそっくり無いんですけど、それでも最後のヒネリの効いた終わり方というのが良くて、脳を刺激されるサスペンス。
これはぜひ映画「クローン」も見てみてほしいですね。


「電気蟻」は、これも「にせもの」と同じく自分の存在証明のために悩む物語。
しかし、「にせもの」よりも明らかに自分が人間ではないことを主人公は知ります。
今度は、機械。主人公は入院した先の病院で、自分が精巧に作られたロボットであることを知ります。

しかもこれ、主人公の仕事がすごくて、なんと会社社長。
ある資産家が会社を切り盛りさせるためにロボットを社長の座に就けたわけです。
そのことを知ってしまった主人公は、それまでどおりに社長として働くこともできましたが、自分が今まで人間だと思いこんでいたことはどういうことなのか気になり出し、自分の体の中にある重要な回路をいじくり始めます……。
ラストはなんとも壮絶な……。


「凍った旅」は、冷凍睡眠の失敗で、不安定な状態で目覚めてしまった主人公が、宇宙船のコンピューターの創り出した夢を見る、という話。
しかし、強いトラウマを抱える主人公の記憶から再構成された夢を見る度に、主人公は精神的に参っていき、そして最後には……。

この話は、ひとつの考えに囚われ精神病みたくなる所がディックらしいですね。


他にも、惑星間戦争の悲しい犠牲者たちの戦後の辛い人生を描いた「おお!ブローベルとなりて」や、未来の共産国を舞台にエリート公務員の成り上がりと謎の<同志>を描いた「父祖の信仰」なども面白かったです。
でも爽快な読後感かというと、全体としてはそんなに素晴らしい短編集でもないかな……。


ちなみに、読むのが一番大変だったのは、文句無しにエッセイ「人間とアンドロイドと機械」。
スピーチ原稿の草稿だからかと知れませんが、なんだか難しい話が延々と続いて、しかも今何を語っているのかどこに着地するつもりなのかまったくわからないという……(笑)
タイトルからは想像もつかない方向へ話が進み、時間に関する概念や、右脳左脳の話を経由して、<神>で終わりました。ディック恐るべし……!