許されざる者 (2013年、日本)

【監督】
李相日
【出演】
渡辺謙 (釜田十兵衛)
柄本明 (馬場金吾)
佐藤浩市 (大石一蔵)
柳楽優弥 (沢田五郎)
忽那汐里 (なつめ)
小池栄子 (お梶)
國村隼 (北大路正春)
近藤芳正 (喜八)
滝藤賢一 (姫路弥三郎)
小澤征悦 (堀田佐之助)
三浦貴大 (堀田卯之助)

あらすじ

明治13年、開拓が進められている蝦夷の地。ある女郎が男たちに無残にも切りつけられ顔に酷い傷跡を残すが、開拓村を牛耳る警察署長・大石は馬数頭と交換条件で男たちを放免する。怒りの収まらない女郎たちは男たちに賞金をかけるが……。かつて<人斬り十兵衛>と呼ばれ恐れられていた幕府軍の残党・釜田十兵衛は、妻との出会いで心を入れ替え、酒を断ち刀をしまった。妻亡き後は幼い子供を抱えながら貧しく厳しい生活を送っていたが、そこへかつての仲間・金吾がやってくる。金吾は、開拓村で起こった騒動を話し、賞金首を殺して金を折半しないかと十兵衛に持ちかける……。

感想 (2013年9月16日、MOVIX利府にて鑑賞)

1992年のアメリカ映画「許されざる者」を、舞台を日本に置き換えてリメイクした日本映画。
監督は「悪人」の李相日(リ・サンイル)監督、主演はハリウッドでも活躍する渡辺謙ということで、注目作になってますね。

僕はリメイク元となったクリント・イーストウッド主演・監督作のオリジナル「許されざる者」は見てない状態でこの映画を鑑賞しにいきました。
鑑賞後、数日してからオリジナルを鑑賞することができたので、今これを書いてる時点では一応オリジナルも踏まえた感想になってます。


この映画を観る前の段階では、やっぱり「悪人」を意識してしまいましたね。
あの映画って一つの悲しい殺人事件を通して、さまざまな立場の人間の思いを切り取って見せたような作品でした。
当然、この作品にもそういう「思いのぶつかり合い」みたいなものは描かれてると思って鑑賞したんですが……。

一見すると、そういった分かりやすいドラマというものはなかったですね。
むしろ、何をテーマとした映画なのか、分からないまま帰ってきちゃいました(笑)
少なくともテーマを前面に提示してはいないですね。見る側が勝手に解釈して「こういう映画だった」と考えなければいけません。

ただ、考えなければいけないという所で意外とネックになったのが、僕は「ジャンゴ 繋がれざる者」を鑑賞済みだったということ。
タランティーノ監督のバイオレンス西部劇といろいろと重なる所があるために、どうしても比べてしまいました。
「許されざる者」も「ジャンゴ」までとはいかなくてもユーモラスとシリアスにメリハリをつけた方が良かったんじゃないかとか、見当違いなことを考えながら帰りましたね(笑)

ネットのとある解説を見てようやくなんとなく分かった感じですが……。
結論から言うと、「暴力は新たな暴力を生むだけ。その虚しい連鎖を生み出す許されざる者は誰なのか?」ってことだと思います。

映画では、警察署長・大石を演じた佐藤浩市がキレッキレの悪役を演じていましたね。
開拓村に銃器や刀剣を持ち込むことを禁じ、自分たち警察が唯一絶対の権力になろうとします。
そのルールを破って刀を持ち込んだ元長州藩の侍は、大石に徹底的に痛めつけられ屈辱を味わうことになります。

そして物語の本筋では、女郎に暴行し顔を傷付けた男たちへの罰として、女郎宿の主人に対して馬を差し出せという采配。
それはあくまでも女郎たちが宿の主人の所有物であるという考え(当時としてはこれが当たり前?)であり、女性の人権をまるで無視した言動なんですが、これに女郎のリーダー格の女が「私達は馬と同じなのか」と怒り、男たちを殺した者には賞金を出すと言い出すわけです。

十兵衛を痛めつける大石は見るからに悪役ですし、過剰な拷問もけして正しい行動には思えません。
だから<許されざる者>とは署長・大石のことかというと、そんなに単純な話でもないようで……。


大石の行動はけして穏便ではないけれど、完全に間違っているわけでもないんですよね。
銃器や刀剣を排して揉め事を減らそうとしてるわけだし、女郎暴行事件の采配も妥当と言えば妥当。女郎たちの人権を重んじなかったのは時代のせいでもあるわけですし。長州志士のように自分に逆らう者には徹底的にやっつけるけど、書生のように力を持たない者へは暴力は働かない。金吾への拷問も結果としてああなったけれど、状況からして金吾も殺人に加担していると言えるし、口を割らなければああなるしかない。最後の十兵衛大暴れの件は正当防衛ということでカタが付きそう……。

そんなわけで、権力を傘に着たり、自分ルールを他人に強制したり、暴君であることは間違いないけど、大石の行動には一貫したものがあります。
「正義を振りかざして悪を討つ」そして「正義は俺自身。俺に逆らう者は悪」という捻じ曲がった正義感。
こう考えると、大石は<許されざる者>ではないのか……?


しかし、ある面では大石が振りかざす歪んだ正義が、女郎の怒りを燃え上がらせ釜田十兵衛という殺人者を村に招く結果を生んだ、と考えることもできます。
すると、すべての悲劇の根本にあるのは大石の誤った采配であり、彼のような身勝手な正義を振りかざす者こそが<許されざる者>なのでしょうか?

こう考えると、結局この映画も「悪人」と同じ観点で見ることができるんですよね。
テーマが分からないと書きましたが、<許されざる者>=<悪人>ということでいいと思います。
李監督は再び「悪人とはなにか」について描いたのだということで……。
まさか國村隼さんあんなボコられるとは……www