「ペイチェック ディック作品集」

著者:フィリップ・K・ディック
訳者:浅倉久志・他
ハヤカワ文庫SF

【あらすじ】
ジェニングスはある会社に整備技術者として雇われた。その仕事は巨額の報酬を得られるが、契約が終わる際に、働いた2年間の記憶を消されるというものだった。だが、今その契約が終わり、記憶を消された彼が報酬として受け取ったのは、欠けたコインや1本の針金などガラクタ同然のものばかり。どうやら記憶を失う前の自分が、莫大な報酬よりもそれらガラクタを必要としたらしい。いったい何故、自分はこんなガラクタを望んだのか……。困惑するジェニングスの前に、彼をつけ狙う者が現れる。
(ペイチェック)

【収録作品】
ペイチェック/ナニー/ジョンの世界/たそがれの朝食/小さな町/父さんもどき/傍観者/自動工場/パーキー・パットの日々/待機員/時間飛行士へのささやかな贈物/まだ人間じゃない



【感想】
フィリップ・K・ディックの短編集です。
2004年の「ペイチェック」の映画化に合わせて、ディックの代表的な中・短編を新たに編集した本になります。
ちなみにYuckeは映画未見です。

何作かピックアップして簡単な感想を書きます。



「ペイチェック」
記憶を消される前の自分“あいつ”が自分に残した7つのガラクタ。その1つが身を守る役に立ったことから、主人公はこれから自分の身に起こることを“あいつ”は予見していたのだろうと気付きます。過去の自分を信じてどんどん行動する主人公。“あいつ”の用意したガラクタは見事なまでに的確に主人公を救いますが、その理由は、2年間従事していた極秘の仕事にありました。

ラスト、ドラえもんを思い浮かべてしまいましたが(笑)なんだかパラドックスな初期の中編。どんな映画になったのか、気になります。



「ナニー」
子守用の優秀なロボット“ナニー”シリーズ。丸くて愛嬌のある彼ら(彼女ら?)ですが、実は、“ナニー”同士が近付くと所構わず戦いを始め、どちらかが壊れるまでやめないのでした。壊された側の持ち主は、新たなナニーを買い求めます。より大きく、強い子守用ロボットを……。

なんだか、次々新製品が発売され、買った物がどんどん時代遅れになっていく家電業界を風刺したような作品。現在もケータイやPCやTVを次々買わせようとするし、これが書かれた50年代から変わってないんだね大量消費社会……。



「自動工場」
戦争の間、物資に困る事がないようにと設計された完全自律型の自動工場は、戦争が終わった後も、身の回りのあらゆる物を作り続けていた。しかし、このままでは資源を使い果たし、人類の手によって産業を再興させることもできない。戦争を生き延びた人間たちは、自動工場を停止させようと、試行錯誤を繰り返すが……。

これも見ようによっては、大量生産がもたらす弊害を風刺した作品……?(←こじつけ?)とにかくラストはなかなかの脱力感に襲われる中編です。



「時間飛行士へのささやかな贈物」
遠い未来へ向かって旅立ったタイムトラベラーたち。しかし、彼らが訪れたのはごく近い未来で、彼らはそこで「自分たちがタイムトラベルからの帰還の際に事故死した」ことを知ります。自分たちの葬儀に参列するハメになった、3人の時間飛行士たち。閉じた時間の輪から脱出する方法を探しますが……。

タイトルから勝手に心暖まる物語を期待して読み始めましたが、とんでもなく気の遠くなる重い話でした。まぁそりゃそうだよね、ディックだもん(笑)元いた時代に戻ろうとすると事故死、死んだ自分Aの葬儀に参列する自分B、自分Bが元いた時代に戻ろうとすると事故死、自分Bの葬儀に参列する自分C……。後期の作品はすごいことになってます。



「まだ人間じゃない」
近未来、堕胎法の改正によって生後堕胎が認められ、12歳未満の子供はまだ人間と見なされない世界。今日も堕胎トラックがやって来ます。親に気に入られなかった子供を施設に連れ去り、処分するために……。

一部、おぞましい表現もありました……。日本では妊娠11週程度までなら妊婦側の申し出で中絶ができるみたいですが、その期間がもし、半年に延びたら?生後でもOK、となったら?という不安に基づいて書かれた短編。もしかしたらディックはカトリック(で、しかも共和党)だったのかも。中絶に対してすごい怒ってる感じがします。中盤からは、自由と幸福を人質にとって男を縛り付け搾取し尽くそうとする女たちに対する怒りも爆発(笑)後期のディックはすごいことになってます。「堕胎しましょうよ!すてきじゃない?」と妻、「しかしそれにはまず妊娠しなくちゃだめじゃないか」と夫。……笑えねえ~~(*_*)